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星と時薬と虹の橋

猫好きのオジサンが職場にいる。

役職は偉い人である。
定年間近のベテランで、仕事は出来る人であり、現在は完全内勤のやり手オジサンのSさんである。
普段は、よく喋り、身勝手に振る舞いながらも、女性事務員さんに怒られつつ、一時間に一度は飼い猫の話をする。

親バカを絵に書いて額にはめたような人物である。

朝、誰よりも早く仕事に就き、仕事をしているのだがなぜだか様子がおかしい。
おかしいはずである。大のおとなが、泣きながら仕事をしているのである。
電話での対応は至って普通、いつもと同じく忙しそうで勢いも良い。

しかし、眼には涙。少し小さめのタオルで、頬に流れる涙を拭き拭き仕事をしている。

そのうち、事務員さんから話を聞けた。飼い猫が亡くなったのだと。

※このブログでは、放送業界や一般社会的な「亡くなる」という言葉は人間に使い、動物には“死ぬ”であるという規則等は一切は適用せず、私の権限と気分で「無くなる」と「死ぬ」の使い分けをすることとします。
よって、人間に対して「死んだ」を平気で連発、乱発する場合もありますが、ご意見がある方は受け付けない上に“無駄である”と先に宣言させていただく。


亡くなった猫は、ごうちゃん。

ウィルスに因る感染症によるものらしい。

飼い猫で、リードを付けて散歩をする猫は、全体の6%~8%らしく、その内に入っていた飼い猫なのである。
リードを付けてお散歩をする猫は、勿論、外の空気や地面を踏みしめる実感を楽しむことが出来たであろうが、野良猫さんたちと同様に、外に舞う雑菌やウィルスの脅威にもさらされるわけである。勿論、他の猫との接触も同じ事である。

どうやら、我流の選択でここ数年の予防接種をしていなかったらしいのである。
オジサンの、その辺りの認識をどうこう言うつもりは、勿論、さらさら無い。
決して、金銭的な理由ではないし、いい加減な人ではないし、猫に対しての愛情は、きっと誰よりも負けないくらいに注いできた人であろうとも思えるのだ。

誰しも、そういうところはある。
事が起きて、医師に進言され、初めて知った、これまでの成り行きの原因となったのである。

さて、ごうちゃんはどうであろう。

Sさんの愛情を一身に受け、楽しい毎日だったのには違いないはずである。
4年間という短い命を使い切り、最後は動物病院で心臓マッサージまで受けて尽き果てたのだ。

命を使い切ったごうちゃんに、Sさんはポロポロと涙を流し、出社した後も仕事中に涙を流している。
薄ら寒くなった頭髪に、がっちりした体格。
早口な物言いにつけて、さらに慌て者。
早合点な性格は、その行動を右往左往させる。

ごうちゃん。

良い名前である。

私は亡くなった魂は星になるものだと思っていた。
愛された猫たちは、虹の橋を渡り、いつか愛した飼い主と再会するのだとも聞いた。
そうして、悲しみを忘れることが下手な人間には、時薬の処方箋が渡されるのだとも・・・

Sさん、どれもあなたのために用意があるのだと思います。

もう、いい年なのに、人目をはばからず、飼い猫のために涙をこぼすあなたは、ほんとうに素敵な人だと思います。
ごうちゃんは、絶対にあなたを忘れない。

きっと、虹の橋で待っています。

まだまだ、人間を全うしなければなりませんが、いずれまた、素晴らしい再会があるとおもいますよ。
その時まで、素敵なあなたを全うしてください。



ごうちゃん、Sさんで良かったのだと思います。
安らかに、虹の橋でお待ちください。



この記事をごうちゃんに捧ぐ。(そして、こっそりSさんへのエールとします。)











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